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インスタの“いいね!”や食べログの評価、主観的評価が溢れる時代だからこそ、どんな人が作っているのか知りたい。インタビューを通じて料理人の想いをご紹介。

料理人の履歴書
公開日:

Vol.3 山本 理(前編)/健美和食

山本 理(やまもと おさむ)/(健美和食)

ひとしずく:日本のハイクラスな文化の中心地である六本木の裏通りにひっそりと佇む、隠れ家的な小料理屋。「こだわり」「粋」「健康」をコンセプトに、ホッとする日本の家庭料理を安心安全の無添加で提供。生酛造り(きもとづくり)という、伝統的な日本酒を取り扱う希少性も話題。

編集部が取材に伺うと、ぬかが付いたままのぬか漬けが出された。 「洗い流さないのか?」 そう疑問に思いつつ口に運んでみると、旨い。ぬか独特のちょっとすえたような臭いがせず、乳酸菌の爽やかな香りが口に広がった。 「美味しいでしょう。そのぬか漬けに、次はこれをかけて召し上がってみてください」 そう言って大将が差し出したのは、なんとオリーブオイル。この人、何者……。

  

 

30で会社を辞めて、1年で修業もやめた

編集部:六本木駅前のにぎやかさが嘘のように、ここは落ち着いていますね。山本さんは、どのようにこの和食料理人の世界に入ったのでしょうか。

山本さん(以下、山本):一般的に「和食の料理人」というと料理の専門学校を出て、どこかの板前に付いて修行したという人が多いと思います。でも私は全く違って、新卒から30近くになるまでは損害保険会社の営業マンでした。お客様の状況に応じて、最適な保険を提案して回っていました。

当時は営業、接待、ゴルフと忙しく働いていましたが、酒好きなのもあって“なじみの店”がいくつかできました。疲れた夜に、ふとなじみの店によると、大将と女将さんが二人で温かく出迎えてくれましてね。そういうほっこりした小料理屋に助けられていたのを覚えています。

 

 

編集部:損保の営業マンが、どうして料理人になったのでしょうか。

山本: 私が30を迎えようとする頃、金融ビッグバンを経験したのがきっかけです。勤めていた会社が危機的状況になり、このまま踏ん張るか、脱サラするかで悩みました。そこで、「忙しく働く人が、ホッと安らげるような飲食店をやりたい」と考えたのです。

そうと決めたらまずは修行だと思って、オシャレなイタリアンレストランで修業を始めました。そのお店では、よく殴られましたよ。昔気質の、すごく厳しいシェフでしてね。「見て覚えろ」と言って、体に料理の基本を叩き込まれたという感じでした。

 

 

編集部:厳しい修行を経験されたのですね。

山本:はい。でも、たった一年ですけどね。

 

 

編集部:一年だけだったのですか!?

山本:はい。一般的には何年も、場合によっては何十年も修行するのでしょうが、私は一年で独立しました。今から思うと、完全に勢いでした(笑)「自分はやれる」とか、「こんな店にしたい」とか、そういう思いが溢れていたのです。

 

 

編集部:さすがに元営業マンだけあって、行動力が凄いですね。独立して持ったお店は、どのようなお店だったのでしょうか。

 

ネコしか歩かない街で収めた大成功

山本:あちこち不動産を探していたら偶然、六本木に狭いけれど安い貸し店舗と出会いました。私一人で調理するならこれくらい手狭な方がいいと思い、そこで開店することに決めました。2000年のことでした。

 

 

編集部:では2000年に、六本木でイタリアンのお店を開いたわけですね。

山本:いや、それが、イタリアンではありませんでした。店舗を契約してから、内装工事を進めている間に、私は自ら現地調査を行いました。六本木にあるレストランを、あちこち食べ歩いたのです。そうしたら、六本木は高級でオシャレな洋食屋さんがあまりに多いことに気がつきました。

私はかつて営業をしていましたから、お客様のニーズを考えた時に「今の六本木に必要なのは、むしろ和食系ではないか」と考えたのです。そこで、当時流行り始めていた「創作料理」をうたい、和食と洋食を混ぜたお店をオープンすることにしました。

 

 

編集部:修行したイタリアンではなく、創作料理で勝負するとは、大胆な作戦ですね。

山本:はい。これが、もし私の地元の埼玉県でオープンするなら、オシャレなイタリアンレストランにしたと思います。でも六本木ですから。その地域で勝負できる独自性を一番に考えました。

実際、こじんまりとした温かい雰囲気のお店は大成功でした。当時の六本木は、ちょうど六本木ヒルズを作っている頃で、区画整理が進んでいました。企業も立ち退きが完了していて、ネコしか歩いていないようなゴーストタウンさながらだったのです。

 

 

編集部:それでは、お客様が来ないのではないですか?

山本:そう思うでしょう? それが、毎晩夜中まで忙しく働く再開発チームの人たちが、安らぎを求めて夜中にフラフラと来店してくれるようになったのです。アットホームな雰囲気が働きづめのサラリーマンにウケて、結局お店は大繁盛となりました。

 

 

編集部:さすが元損保の営業マン! 枠にとらわれず、お客様のニーズを捉えていますね!

 

初めて東京に超ローカル焼酎を持ち込んだワケ

山本:枠にとらわれないと言えば、数年前から地方のローカル焼酎が流行っていますよね。実は「不二才(ぶにせ)」や「角玉(かくたま)」などの、超ドローカルな鹿児島焼酎を初めて東京に持ち込んだのは私なんです。当時の六本木のお店で出していました。

 

 

編集部:ええ! 不二才を!?

山本:それに、鹿児島で昔から親しまれてきた“先割り”という焼酎の飲み方がありましてね。飲む直前に水割りにするのではなく、数日前から水で割っておく鹿児島伝統の飲み方なのですが、それを東京に持ち込んだのも私です。口当たりがまろやかになって、非常に飲みやすくなります。旨い焼酎が、より一層旨くなるんです。

 

 

編集部:それは凄いですね。どうやってそんなローカルな酒文化を持ち込んだのですか。

山本:やはり、六本木に敢えて“故郷の温かみを”と考えたからですね。都会にはない、田舎の地元で根付いた温もりをお出ししたいと思いました。それに、「ここでしか味わえない」という独自性が欲しかったのです。だから実際に鹿児島まで行って焼酎を飲んで、まだ見ぬ旨い焼酎を探し歩きました。現地の人がどうやって焼酎を飲んでいるかも、勉強させていただきました。

そうやって工夫を重ねて少しずつ大きくしていったお店でしたが、2009年に地元の父が人工透析になったのをきっかけに閉店しました。父はそれ以前から、糖尿病を患っていました。糖尿病にもいろいろありますが、父の場合は好きな物ばかり食べていたことが原因でした。それが悪化して、介護が必要になったのです。

 

 

編集部:それは大変でしたね。では2009年以降は介護に専念されていたのですか。

山本:介護を中心にしながら、自宅で予約専門の料理屋をひっそりと営んでいました。この時期に私は、父の闘病を支えながら“食と健康”について勉強するようになりました。暴飲暴食を重ねた父の闘病を目の当たりにすると、食にたずさわる者として「なぜこうなったのか」「どうすれば防げたのか」を考えずにはいられませんでした。どの食材が、どう人の健康に作用するのか。そんなことばかり調べていたら、食に対する価値観がこれまでとはどんどん変わっていきました。

そして、運命的な出会いがあったのです。 料理人の世界に染まり切っていない、元営業マンだからこそ捉えることができた”お客様のニーズ“。そんな山本さんが、お父様の生き様から学んだ「食と健康」の本当の関係とは。そして、運命の出会いとは一体。後編に続きます。

 

 

 

【オリーブオイル情報】

今回取材にご協力いただいた「ひとしずく」さんが取り扱っているオリーブオイルをご紹介していただきました。

(左)ディエボレ コラティーナ (右)ディエボレ ノッチェラーラ  

 

 

 

 

【店舗紹介】

日本酒生もと造り専門店 健美和食 ひとしずく

 

住所:東京都港区六本木3-3-25

TEL:03-6277-6868

営業時間 :月~金18:00~23:00(Last order 22:00) 土18:00~22:00(Last order 21:00)

定休日:日、祝日

最寄駅:六本木、六本木一丁目

URL:https://hitoshizuku-kimoto.jimdo.com/   

 

 

 

【取材協力】

株式会社アミューズ

感動オリーブオイル

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